間瀬翔太さんは、アイドルから俳優へと活躍の場を広げてきた人物です。2019年に10万人に1人の難病「脳動静脈奇形」を公表し、開頭手術による顔面の変化や後遺症を抱えながらも、准看護師資格の取得や難病インフルエンサーとしての活動を続けています。この記事では、間瀬翔太さんのプロフィールと経歴、難病の詳細、そして現在の状況について詳しくお伝えします。
この記事のまとめ
- 間瀬翔太さんは1986年4月27日生まれの俳優・元アイドルで、北海道夕張市出身です。
- 17歳でスカウトされアイドルグループBLIZZARDのメインボーカルとしてデビュー後、俳優業に転身し映画やドラマで活躍しました。
- 2019年33歳の時にレコーディング中に脳出血を発症し、難病「脳動静脈奇形」と診断、開頭手術を受け顔面崩壊の変化を経験しました。
- 手術後にはてんかんと記憶障害の後遺症が現れ、現在も日常生活に影響していますが、准看護師資格を取得するなど前向きに取り組んでいます。
- 難病インフルエンサーとして情報発信を続け、患者や医療従事者への応援メッセージを発信しています。
- 現在40歳を迎え、闘病生活を乗り越えながら芸能活動と看護の道を両立させる姿が注目されています。
間瀬翔太のプロフィール

- 氏名: 間瀬翔太(ませ しょうた)
- 生年月日: 1986年4月27日(40歳)
- 出身地: 北海道夕張市(育ちは東京都世田谷区三軒茶屋)
- 身長: 164cm(自称168cm)
- 血液型: A型
- 職業: 俳優、元アイドル、歌手、難病インフルエンサー、准看護師
- 別名義: はうた
- 特技: 声マネ、即興なぞかけ、即興ラップ
- その他: 4オクターブの声域を持ち、過去に暴走族だった経験あり。テーマカラーはピンク。
間瀬翔太さんは明るいキャラクターと個性的な演技で知られ、多くの共演者から「間瀬くん」の愛称で親しまれています。難病発症後もポジティブな姿勢を崩さず、ファンや同じ病を抱える人々に勇気を与え続けています。
間瀬翔太の経歴
間瀬翔太さんは2004年、17歳の時に代々木公園でストリートダンスをしているところをスカウトされ、芸能界入りしました。同年にアイドルユニットBLIZZARD(ブリザド)のメインボーカルとして活動を開始し、2006年にCDデビューを果たしました。グループ解散後は本格的に俳優業へシフトします。
2011年頃から映画を中心に活動を広げ、『SPLASH』(主演)や『CHRONO』(準主役)などの作品で受賞歴を重ねました。2016年には『龍が如く6』でホスト看板モデルとして出演し、ゲームファンにも認知を広げます。2017年にドラマ『妖ばなし』でテレビドラマデビューを果たし、2018年にはオリジナル曲「Butterfly Effect」が『家政婦は見た!』のエンディングテーマに起用されるなど、歌手活動も並行して行いました。
主に悪役や個性的なキャラクターを演じ、ホラー映画やアクション作品で評価を集めました。園子温監督作品『愛なき森で叫べ』への出演や、2024年のGLAY30周年記念スペシャルドラマへの参加など、幅広いフィールドで活躍を続けてきました。2019年の難病発症後も、舞台挨拶や配信活動を通じてファンとのつながりを大切にしています。
難病発症と顔面崩壊の経緯
2019年7月、間瀬翔太さんは新曲のレコーディング中に激しい頭痛に襲われました。病院で検査を受けた結果、10万人に1人の先天性難病「脳動静脈奇形(AVM)」と診断されます。これは動脈と静脈が直接つながる異常血管の塊で、脳出血を起こしやすい疾患です。左側頭葉での出血により、即日入院となりました。
同年8月、開頭手術を受けました。手術は成功しましたが、術後2日目から顔が激しく腫れ、目元を中心に「殴られたような」状態になりました。痛み止めを最大限使用しても眠れないほどの痛みが続き、骨の内側が痛む感覚が4日間ほど続いたそうです。退院は予定より早い約2週間後でしたが、顔の変化は大きく、かつてのイケメン俳優のルックスが崩壊した姿が話題となりました。
手術後の後遺症と闘病生活
手術から半年後、お風呂場で意識を失って倒れたことをきっかけに、てんかんの発症が判明しました。全身痙攣を伴う発作が当初は月1回程度あり、現在は内服薬でコントロールしていますが、疲労が溜まると起きやすい状況です。また、記憶障害も大きな後遺症として残り、友人の顔を忘れたり、予定を忘れてしまったりする日常的な苦労を抱えています。
間瀬翔太さんはインタビューで「記憶を2〜3割失ったような感覚」「負のループに陥ることもある」と語っています。それでも「不幸中の幸い」と前向きに捉え、血圧管理や生活習慣の改善に努めています。車や一人でのプール・海・深めの入浴を避けるなど、安全への配慮を徹底しています。
准看護師資格取得と現在の活動
難病発症後、仕事の喪失や居場所の不安に襲われた間瀬翔太さんは、看護師を目指す決意をします。入院中に支えてくれた看護師さんへの恩返しと、自分と同じ立場の人を助けたいという思いからです。中卒からの挑戦でしたが、2023年に看護学校へ入学し、2025年3月に准看護師資格を取得しました。現在は難病インフルエンサーとしても積極的に情報発信を行っています。
芸能活動も再開し、映画や配信、ブログを通じて体験を共有。2026年現在も40歳の誕生日を迎え、「生きてるだけで丸儲け」と前向きな姿勢を示しています。指定難病への登録を求める署名活動にも取り組み続けています。
さいごに
間瀬翔太さんは、突然の難病により顔面崩壊や後遺症という大きな試練を経験しながらも、決して諦めずに新しい道を切り開いてきました。経歴やプロフィールを知ることで、ただの芸能人ではなく、一人の人間として強く生きる姿に心を打たれます。これからも間瀬翔太さんの活躍と、難病を抱える人々へのメッセージに注目していきましょう。あなたの日常に少しでも勇気や希望を届けられたら幸いです。

