飯村穣は実際はどんな人物?総力戦研究所の所長としてNHKスペシャルで描かれたフィクションの真相と日米戦争予測の史実を深掘り

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導入

2025年8月16日、17日に放送されたNHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」は、総力戦研究所を舞台に、日米開戦前の日本が「日本必敗」の結論を導き出した史実を描いたドラマです。

しかし、総力戦研究所の所長である飯村穣さんが、ドラマ内で自由な議論を阻害する人物として描かれたことで、遺族から「史実と異なる」との批判が上がっています。

この記事では、飯村穣さんの実際の人物像、総力戦研究所の役割、NHKスペシャルの描写の真相、そして史実を深掘りします。

この記事のまとめ

  • 飯村穣さんは、総力戦研究所の所長として若手エリートの自由な議論を後押しし、日米戦争の敗北を正確に予測した先進的な軍人でした。
  • NHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」では、飯村穣さんが圧力をかける人物として描かれ、史実と異なるとして遺族が反発しています。
  • 総力戦研究所は、1940年に設立され、軍・官僚・民間から選抜された若手が日米戦争のシミュレーションを行い、「日本必敗」の結論を出しました。
  • ドラマのフィクション描写に対し、NHKはテロップやドキュメンタリーで補足しましたが、遺族は「不十分」とし、BPOへの申し立てを検討しています。
  • 史実を正確に伝えることの重要性が、戦後80年を機に改めて問われています。

飯村穣は実際どんな人物だったのか?

飯村穣さんは、1888年に茨城県で生まれ、1976年に亡くなった陸軍中将です。

最終階級は陸軍中将で、総力戦研究所の初代所長を務めました。

彼は語学に堪能で、フランス語を学び、東京外国語大学(当時)を卒業しています。

また、トルコの武官として勤務するなど、国際的な視野を持った軍人でした。

飯村穣さんの自著『続兵術随想』によると、彼は総力戦研究所で若手エリートが自由に議論できる環境を整えたとされています。

元駐仏大使で飯村穣さんの孫である飯村豊さんは、2025年8月26日の記者会見で「祖父は若手の自由な議論を後押しし、人望厚いリーダーだった」と述べています。

この証言は、猪瀬直樹さんの著書『昭和16年夏の敗戦』でも、飯村穣さんが先進的な発想の持ち主で、ユニークな口頭試問で研究生を指導したと記されている点と一致します。

史料や関係者の証言からも、飯村穣さんが厳格な軍人ではなく、開かれた議論を重視する人物だったことがわかります。

総力戦研究所とはどのような機関だったのか?

総力戦研究所は、1940年10月に近衛文麿首相直属の機関として設立されました。

その目的は、近代戦が武力だけでなく経済や外交など国家全体の力を動員する「総力戦」であるとの考えのもと、国力に基づく調査研究と戦略眼を養う教育訓練を行うことでした。

研究所には、軍・官僚・民間から選抜された平均年齢33歳の若手エリート35人が集められました。

1941年4月から7月にかけて、彼らは「模擬内閣」を組織し、日米開戦を想定した「総力戦机上演習」を実施しました。

このシミュレーションでは、船舶の損耗が生産を上回り、ソ連とアメリカの軍事協力など、現実の太平洋戦争を驚くほど正確に予測しました。

結論として、「日本必敗」が導き出され、1941年8月27日、28日に近衛首相や東條英機陸軍大臣に報告されました。

しかし、軍部や政府はこの提言を黙殺し、日本は開戦へと突き進みました。

NHKスペシャルの描写と遺族の反発

NHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」は、猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦』を原案に、2025年8月16日、17日に放送されました。

ドラマでは、総力戦研究所の所長(飯村穣さんをモデルとしたとされる)が、若手エリートの自由な議論を阻害し、「日本必敗」の結論を覆すよう圧力をかける人物として描かれました。

これに対し、飯村豊さんは「祖父の人格を毀損する描き方だ。史実の歪曲だ」と強く批判しました。

飯村豊さんは、放送前にNHKの公式サイトで問題点に気づき、NHKにフィクションであることを明示するよう求めました。

NHKはこれに応じ、放送前に「総力戦研究所の所長および関係者はフィクションとして描かれています」とのテロップを流し、ドラマ後のドキュメンタリーで「実際の所長、飯村穣はメンバーが自由に議論する環境を整え、人望厚いリーダーでした」とナレーションで補足しました。

しかし、飯村豊さんはこの対応を「小手先」と批判し、視聴者に誤解を与えるとしてBPO(放送倫理・番組向上機構)への申し立てを検討しています。

Xの投稿でも、「史実と異なる」「NHKが軍部に忖度したのでは」との声が上がり、議論を呼んでいます。

史実の重要性と現代への教訓

総力戦研究所のシミュレーションは、戦争の悲惨な結末を正確に予測していましたが、軍部の楽観論や「空気」に流され、黙殺されました。

NHKスペシャルの制作統括である家冨未央さんは、インタビューで「戦争体験者が当初は普通に暮らしていた中で戦争が始まった。現代も『新しい戦前』と呼ばれる状況があり、歴史から学ぶべきことがある」と語っています。

新延明さんも「総力戦研究所では、自由に議論して結論を出したが、開戦を止められなかった。現代に通じる教訓がある」と述べています。

飯村穣さんの先進的なリーダーシップは、若手エリートが事実に基づく議論を行う基盤を築きました。

しかし、ドラマの誇張された描写により、歴史の一部の誤解が生じるリスクがあります。

戦後80年を迎え、史実を正確に伝えることの重要性が改めて浮き彫りになっています。

さいごに

飯村穣さんの人物像と総力戦研究所の史実は、戦争の愚かさと事実に基づく判断の重要性を教えてくれます。

NHKスペシャルのフィクション描写は、ドラマとしての表現を優先した結果、史実との乖離が生じ、遺族や視聴者の間で議論を呼びました。

戦後80年の節目に、私たちは過去の教訓を正確に学び、現代の「新しい戦前」と言われる状況にどう向き合うかを考える必要があるでしょう。

歴史の真実を伝え、未来の平和につなげるために、事実に基づいた対話が求められています。

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