日本刀の銘に刻まれた「あたき切」という文字を見たとき、多くの人が「あたきぎり」と読むと思い浮かべるかもしれません。しかし、実際の読み方は「あたぎぎり」です。この違いは、前近代の日本語表記に濁点がなかったことに起因します。福岡市博物館が所蔵する重要文化財の名刀「安宅切」を通じて、黒田官兵衛の逸話や古い文書の読み方の面白さを探ってみましょう。
この記事のまとめ
- 名刀の銘「あたき切」は、濁点がない時代のため「あたぎぎり」と読みます。
- 由来は黒田官兵衛が安宅河内守を討ち取った逸話から来ています。
- 前近代の文書では濁点が基本的に使われず、文脈や歴史的背景から読み分けられました。
- 例として、豊臣秀吉の手紙で「くわんひやうへ」と書かれ、実際は「かんびょうえ」と読むケースがあります。
- 安宅切は室町時代作の備前長船祐定の刀で、豪華な拵えとともに重要文化財に指定されています。
- 黒田官兵衛の陣刀として知られ、切れ味の鋭さを示す金象嵌銘もあります。
「あたき切」の正しい読み方は「あたぎぎり」
日本刀の銘として知られる「あたき切」。茎に金象嵌で刻まれたこの文字は、一見「あたきぎり」と読みたくなりますが、正しくは「あたぎぎり」です。この読み方の鍵は、前近代の日本語表記にあります。
前近代の文書や銘では、基本的に濁点が使用されませんでした。濁音を表すための記号として濁点が一般化したのは、明治時代以降のことです。それ以前は、文脈や歴史的知識から濁点の有無を判断して読み分けていたのです。
福岡市博物館の解説によると、豊臣秀吉が黒田官兵衛に宛てた直筆の手紙では「くわんひやうへ」と書かれていますが、実際の読みは「かんびょうえ」です。このように、濁点なしの表記が一般的でした。
安宅切の銘「あたき切」も同様で、濁点を加えると「あたぎぎり」となります。この読み方は、銘の由来となった人物の名前に基づいています。
安宅切の由来と黒田官兵衛の逸話
安宅切の名前の由来は、戦国時代の有名な武将、黒田官兵衛(黒田孝高、黒田如水)の逸話に遡ります。
『黒田家譜』や『黒田家重宝故実』によると、天正9年(1581年)、豊臣秀吉の四国攻めの際、黒田官兵衛は淡路国に渡海しました。そこで三好氏の一族である安宅河内守(安宅貴康)の居城、由良城を攻め落とします。この戦いで、官兵衛自身が安宅河内守を討ち取った刀が、のちに「安宅切」と称されるようになったと伝えられています。
安宅氏の名前は「あたぎ」と読まれることが多く、討ち取った相手の名にちなんで「あたぎぎり」と読むのが適切です。銘に濁点がないのは、当時の表記習慣によるもので、歴史的背景を知ることで正しい読み方が明らかになります。
この逸話は、黒田官兵衛の武勇を象徴するエピソードとして知られています。官兵衛は豊臣秀吉の軍師として活躍し、数々の戦いで知略を発揮しました。四国攻めもその一つで、安宅切は彼の陣刀として実戦で用いられたと考えられています。
安宅切の刀身と特徴
安宅切は、室町時代後期に備前国で活躍した長船派の刀工、祐定の作です。銘は「備州長船祐定/大永二年八月日」とあり、大永2年(1522年)に鍛えられたことがわかります。
刃長は61.2センチメートル、反りは2.4センチメートルと、打刀として実戦向きの姿をしています。茎には作者銘のほかに、金象嵌銘で「あたき切 脇毛落」と刻まれています。「脇毛落」は、後世の試し切りで脇の難しい部位を切断したことを示す截断銘で、この刀の鋭い切れ味を物語っています。
安宅切は名物として知られ、黒田家に伝来しました。現在は福岡市博物館が所蔵し、重要文化財に指定されています。指定は刀身ではなく、付属の拵(こしらえ)によるもので、刀身は附(つけたり)として扱われています。
豪華な拵えが主役の重要文化財
安宅切の最大の特徴は、桃山時代を反映した豪華な金霰鮫青漆打刀拵です。この拵えが重要文化財指定の主な理由となっています。
鞘は青漆と金霰鮫で色分けされ、金具には各種の地金が用いられています。柄の縁は赤銅、頭は金、鍔は鉄、鞘の鐺は銀と、多彩な素材で豪華絢爛に仕上げられています。鎺には「小判明寿」の針書きがあり、安土桃山時代の金工師、埋忠明寿の監修によるものと推測されます。
この拵えは、黒田官兵衛の没年(1604年)までの数年間に作られたと考えられ、官兵衛の佩刀として相応しい華やかさを持っています。また、同じ黒田家伝来の国宝「へし切長谷部」の拵えは、この安宅切の拵えを本歌(原本)として模したものとされています。
福岡市博物館では、期間限定で安宅切とその拵えが公開されることがあり、刀剣ファンに人気です。
前近代の濁点なし表記と読み方の面白さ
安宅切の読み方を通じて、前近代の日本語表記の特徴がわかります。濁点がなかった時代、文書や銘の読みは文脈や慣習に頼っていました。
例えば、安宅氏の名前自体も「あたぎ」「あたか」などゆらぎがあり、歴史資料によって異なります。官兵衛の通称も、秀吉の手紙では「くわんひやうへ」と表記され、「かんびょうえ」と読まれます。
このような表記は、古文書解読の難しさでもあり、魅力でもあります。現代では濁点を加えて読みやすくしていますが、当時の人々は自然に判断していたのです。安宅切の銘は、そうした時代背景を今に伝える貴重な例です。
さいごに
名刀安宅切の銘「あたき切」が「あたぎぎり」と読まれる理由は、黒田官兵衛の逸話と前近代の表記習慣にあります。官兵衛が安宅河内守を討ち取った実戦の刀として生まれ、豪華な拵えとともに黒田家に伝わったこの刀は、戦国時代の息吹を感じさせます。
福岡市博物館で実物を見ると、その美しさと歴史の重みに圧倒されます。濁点のない銘から読み解く古の日本語の妙味も、刀剣の魅力の一つです。日本刀に興味を持った方は、ぜひ博物館を訪れてみてください。歴史の謎が解けるような、ワクワクする体験が待っています。

