近年、日本各地で親しまれているインドカレー店が、存続の危機に直面しています。この背景には、外国人経営者向けの在留資格「経営・管理」ビザの要件厳格化があります。多くの店舗がネパール人やインド人経営者によって運営されており、ビザの変更が彼らのビジネスに深刻な影響を及ぼしています。この記事では、ビザ厳格化の理由と、現場で働く外国人経営者の実態を詳しく解説します。
この記事のまとめ
- 日本の「経営・管理」ビザが2025年10月に厳格化され、資本金が500万円以上から3000万円以上に引き上げられました。
- 厳格化の主な理由は、中国人によるペーパーカンパニーの悪用で、日本への移住目的の不正利用を防ぐためです。
- インドカレー店は多くがネパール人経営で、小規模店舗が多く、ビザ更新が難しくなり、閉店リスクが高まっています。
- 既存のビザ保有者には3年間の猶予期間がありますが、更新時に新要件を満たせない場合、店舗の存続が危ぶまれます。
- 外国人経営者からは、資本金の準備が困難で、家族の生活にも影響が出るという声が上がっています。
- この変化は、日本経済の活性化を目的としたビザ制度の趣旨から逸脱した悪用への対応ですが、真面目に経営する人々に理不尽な負担を強いる側面があります。
ビザ要件厳格化の背景とは
インドカレー店が危機に陥っている主な理由は、外国人経営者向けの「経営・管理」ビザの要件が厳格化されたことです。このビザは、2015年に日本経済の活性化を目的として導入されました。外国人経営者が日本で事業を始めるためのもので、当初は資本金500万円以上という比較的緩やかな条件でした。しかし、2025年10月から要件が大幅に変更され、資本金は3000万円以上に引き上げられました。また、1人以上の常勤職員の雇用が必須となり、経営・管理経験3年以上、または経営・管理に関する修士相当の学位の保有が求められるようになりました。さらに、中小企業診断士など専門家による事業計画書の確認が義務付けられています。
この厳格化の背景には、ビザの悪用問題があります。コロナ禍後の2022年頃から、中国人がこのビザを取得するケースが急増しました。2024年のデータでは、経営・管理ビザ取得者のうち半数以上が中国人で、総数10万3611人のうち5万4647人を占めています。一方、ネパール人は1378人と少数派です。東京入国管理局が2023年9月から12月にかけて、悪用の疑いのある約300件を調査したところ、9割が事業実態のないペーパーカンパニーだったことが判明しました。これらの会社は、日本への移住を目的としたもので、「潤日(ルン・リー)」と呼ばれる中国人移住者の手段として利用されていました。この問題が国会でも取り上げられ、ビザの要件厳格化につながったのです。
入国管理局の調査結果は、ビザの本来的な目的である経済活性化から逸脱した利用を浮き彫りにしました。政府はこれを防ぐため、要件を強化しましたが、この変更が小規模事業を営む外国人経営者に大きな打撃を与えています。インドカレー店のような飲食店は、資本金3000万円を準備するのが難しく、更新が不可能になるケースが予想されます。
インドカレー店の現状とネパール人経営者の増加
日本で「インドカレー店」と呼ばれる店舗の多くは、実はネパール人経営者によるものです。これを「インネパ」と呼び、ナンやカレーを提供するスタイルが全国に広がっています。なぜネパール人が多いのかというと、ネパールの経済状況と日本のビザ制度が関係しています。ネパールは出稼ぎ労働者が多い国で、日本への移住を希望する人が増えました。2000年代にビザ取得要件が緩和されたことで、ネパール人がインド料理店で働き、独立して店舗を開くパターンが急増したのです。
これらの店舗は、原価率が低く、開業コストが抑えられる点が魅力です。例えば、ナンの原価は約20円と安価で、カレーの原価率も20〜30%程度です。店舗の多くは中古物件を利用し、500万円程度で開業可能でした。しかし、ビザ厳格化により、新規開店が難しくなり、既存店舗の更新も危ぶまれています。全国のインドカレー店の約8割がネパール人経営と言われ、街中で見かける馴染みの店が消える可能性があります。
特に、新大久保のようなエリアでは、インドカレー店が密集していますが、厳格化の影響で「廃墟」化する懸念が指摘されています。店舗の客入りは順調でも、ビザの問題で継続できないケースが増えるでしょう。行政書士の指摘では、この変化は中国人富裕層には影響が少なく、小規模ビジネスを営むネパール人やタイ人、ベトナム人を直撃するとされています。
外国人経営者の実情とインタビューから見える課題
現場の外国人経営者からは、厳格化の影響を懸念する声が相次いでいます。例えば、ネパール人経営者のカンデル・ラグさんは、インタビューで次のように語っています。「経営・管理ビザの要件が、厳しくなったんです。もし、ビザ更新時に資本金3000万円を求められたら、用意できない。会社をたたむしかないかもしれません」。カンデル・ラグさんは、店舗を順調に運営していましたが、新要件の資本金引き上げが大きな負担になると述べています。
同様に、他のネパール人経営者からも、家族への影響を心配する声が聞かれます。ビザが更新できなければ、配偶者や日本で生まれた子どもたちも帰国を余儀なくされ、万単位の人が影響を受ける可能性があります。行政書士の室橋裕和さんは、厳格化が新規開店を激減させると指摘し、「中国人には富裕層が多いので影響が少なく、小規模レストランを営むネパール人などを直撃する」と分析しています。
これらのインタビューからわかるのは、真面目に事業を営んできた人々が、悪用防止の余波で理不尽な状況に置かれていることです。店舗の多くは、地域に根ざした存在で、税金を納め経済に貢献していますが、画一的な要件強化が柔軟性を欠いている点が問題視されています。ネパール人コミュニティでは、ビザ取得のためのブローカー化が進んだ過去もありますが、現在は正当な経営者が多数を占めています。
今後の影響と業界への波及
ビザ厳格化の影響は、インドカレー店にとどまらず、他の外国人経営の飲食店や小規模事業に広がります。既存のビザ保有者には施行日から3年間の猶予期間が設けられていますが、更新時に新要件を満たせなければ、閉店を迫られるでしょう。行政書士の分析では、数年後にはインドカレー店やタイ料理店が激減する可能性が高いとされています。
この変化は、日本の食文化の多様性にも影響を与えます。インドカレー店は、安価で親しみやすいメニューを提供し、ベジタリアン対応やハラル対応で幅広い客層を獲得してきました。しかし、店舗減少により、地域の特色が失われる恐れがあります。一方で、政府は不正防止を優先しており、事業実態に即した柔軟な審査の見直しが求められています。ネパール人経営者の中には、特定技能ビザへの移行を検討する人もいますが、調理経験10年以上が必要で、すべての人が対応できるわけではありません。
業界全体では、ビザ制度の抜け穴を塞ぐための厳格化が、意図せず真面目な事業者を排除する形になっています。注視すべきは、猶予期間後の動向で、2028年頃に本格的な影響が出ると予想されます。
さいごに
インドカレー店の危機は、ビザ要件厳格化という政策の副作用として生じています。中国人による悪用を防ぐための措置が、小規模経営のネパール人などに負担を強いる理不尽さを露呈しました。地域に根差した店舗が失われるのは、日本社会の損失です。政府には、不正防止と真面目な事業者の保護を両立させる柔軟な運用が求められます。こうした変化を理解し、多文化共生の在り方を考えるきっかけにしていただければ幸いです。

