オリンピックという夢の舞台は、アスリートにとって人生を懸けた最高の瞬間です。しかし、その直前に訪れる怪我は、どれほど残酷な現実を突きつけるものでしょうか。近藤心音選手は、2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのフリースタイルスキー女子スロープスタイルで、再びその苦難に直面しました。公式練習中の転倒により左膝に深刻な損傷を負い、予選を欠場せざるを得なくなったのです。しかも、これは2022年北京五輪に続く2大会連続の出来事。多くのファンが胸を痛め、スポーツ界全体で代替選手制度の在り方や怪我予防の議論が再燃しています。この記事では、近藤選手の無念な経緯を振り返りながら、なぜこうした事態が繰り返されるのか、そして今後どう改善すべきかを詳しく掘り下げていきます。
この記事のまとめ
- 近藤心音選手はミラノ・コルティナ五輪のフリースタイルスキー女子スロープスタイルで、公式練習中の転倒により左膝の前十字靭帯損傷、内側側副靱帯損傷、半月板損傷、骨挫傷を負い、予選を欠場しました。
- 前回2022年北京五輪でも公式練習で右膝前十字靭帯と半月板を損傷し欠場しており、2大会連続で本番直前の怪我が原因です。
- 欠場決定後も最後まで出場を模索し、スタート地点まで行き、諦めない姿勢を示しました。
- インタビューでは涙ながらに「北京のことがあって今回だったので欠場という選択を絶対にしたくない」「トライする気持ちをめげずに持ち続ける姿を見せたかった」と語っています。
- 膝の靭帯・半月板損傷は冬季フリースタイルスキーで頻発するリスクであり、代替選手制度の強化が議論されるべき点です。
- 近藤選手は「よく頑張ったと言ってもらいたい」と前向きに受け止め、次の挑戦への意欲をにじませています。
なぜ2大会連続で五輪本番直前に欠場となったのか
近藤心音選手は、ミラノ・コルティナ五輪の女子スロープスタイル予選(2026年2月7日、日本時間)で欠場を発表しました。原因は5日の公式練習中に発生した転倒です。ジャンプ台から飛び出した後、バランスを崩して着地に失敗し、左膝に激しい痛みを訴えました。すぐに救急車で搬送され、イタリア現地の病院で精密検査を受けた結果、左膝の前十字靭帯損傷、内側側副靱帯損傷、半月板損傷、そして骨挫傷が判明しました。本人がインタビューで明かしたところによると、本来であれば歩くことすら不可能なレベルの重傷だったそうです。
この怪我の状況は、2022年北京五輪の出来事と驚くほど似ています。北京五輪では、本番1日前の公式練習で右膝を負傷。前十字靭帯の断裂と半月板損傷を負い、ビッグエアとスロープスタイルの両種目で欠場を余儀なくされました。当時まだ18歳だった近藤選手は、手術を受け、約10か月にわたる長いリハビリ期間を耐え抜きました。その過程で精神的な強さを身につけ、ミラノ五輪を「リベンジの場」として明確に位置づけていたのです。北京での悔しさをバネに、技術面でもメンタル面でも着実に成長を遂げてきただけに、今回の欠場は本人にとって想像を絶するショックだったに違いありません。
近藤選手は怪我の診断が下ったのが予選のわずか2日前だったと語っています。医師からの詳細な説明を受けながらも、すぐに欠場を決断せず、最後まで出場の可能性を模索し続けました。欠場発表後のインタビューでは、声を震わせながら涙をこらえ、次のように語っています。「北京のことがあって今回だったので、欠場っていう選択を絶対に自分でしたくない。だから最後まで諦めない。コースを滑れないかもしれないけど、トライする気持ちをめげずに持ち続けるっていう姿を最後まで見せたかった」。この言葉には、過去のトラウマを繰り返さないという強い決意と、ファンの前で弱音を吐きたくないというプライドが込められているように感じられます。
膝前十字靭帯損傷と半月板損傷の深刻さ
膝の前十字靭帯(ACL)は、膝関節の前後方向の安定性を保つ最も重要な靭帯の一つです。これが損傷すると、膝が不安定になり、日常動作でもぐらつきが生じます。特に高負荷の着地を繰り返す競技では、再断裂のリスクが極めて高く、完全復帰まで最低でも6〜12か月を要することが一般的です。半月板損傷は、膝の衝撃を吸収するクッション役の軟骨組織が裂ける状態で、痛み・腫れ・関節の引っかかり(ロッキング)などの症状を引き起こします。これらが複合的に発生した場合、近藤選手のように「歩くことも不可能」な重症となるケースが少なくありません。
フリースタイルスキーのスロープスタイルは、巨大なジャンプ台やレールなどの障害物を組み合わせた技を連続で披露する競技です。着地時の衝撃は体全体、特に膝に集中するため、前十字靭帯や半月板の損傷が頻発する代表的なスポーツと言えます。北京五輪で右膝、ミラノ五輪で左膝と、左右交互に同じ部位を痛めた点は、アスリートの身体が極限まで酷使されている証拠でもあります。こうした怪我の連鎖は、単なる不運ではなく、競技特性とトレーニングの過酷さがもたらす必然的なリスクと言えるでしょう。
近藤選手自身は、今回のリハビリ経験を振り返り、「北京と同じではない。すぐに事実を受け入れて、次に取り組むことができた心の強さ」と自らを高く評価しています。インタビューで胸を張って語ったこの言葉は、彼女がどれだけ精神的に成長したかを物語っています。
最後まで諦めなかった近藤選手の姿勢
欠場が決定的となった後も、近藤選手は諦めませんでした。公式練習の時間帯にコース入りし、スタートゲートまで立つ姿を見せたのです。これは単なる形式ではなく、出場への最後の執念の表れでした。テレビ朝日系のインタビューでは、涙をこらえながら次のように語っています。「この場にいずに逃げることもできたと思うんですけど、ちゃんと皆さんにお伝えする場がこの場にあるんだったら、最後まで自分の言葉で表に出るべきだと思った。すごい自分は強いなと思います」。
また、TBS NEWS DIGの取材では、予選を現地で観戦した感想を述べています。「今日1日女子の選手たちの2本とも予選全部通して見させていただいて、滑ることはできなかったんですけど、この場に立てたことに誇りを持とうっていう気持ちに切り替えられてます」。競技そのものに参加できなかった悔しさはあるものの、オリンピックの雰囲気を肌で感じ、仲間たちの滑りを見守ることで自分を奮い立たせた様子が伝わってきます。
そして、最も印象的な言葉がこれです。「結果が全ての世界ではあるけど、でも私はオリンピックが人生の一部であって、全てがかかっているものではないし、最後まであきらめずに、最後まで心折れずにやり切ることができたので、そこに関して私は皆さんに申し訳ないっていう気持ちではなく、よく頑張ったっていうふうに言ってもらいたいなって思います」。この発言は、結果至上主義のスポーツ界において、過程の価値を改めて問いかけるものでした。多くの視聴者やファンが、この言葉に深く共感し、励ましの声が寄せられたのも当然のことです。
代替選手制度の必要性と今後の課題
冬季オリンピックでは、直前での欠場が代表枠の空白を生むケースが繰り返されています。現在の制度では、予選直前の欠場に対して代替選手(リザーブ)を即座に投入することが難しく、結果として貴重な出場枠が無駄になることがあります。近藤選手の事例は、まさにその典型です。北京五輪でもミラノ五輪でも、怪我のタイミングが予選の直前だったため、代替選手の準備や調整が間に合わず、枠が有効活用されませんでした。
こうした事態を防ぐためには、代替選手制度の見直しが急務です。例えば、リザーブ選手の事前トレーニング強化や、怪我発生時の迅速な交代ルールの整備などが考えられます。また、怪我リスクの高い競技では、予防トレーニングの科学的アプローチや、膝の保護具の進化、さらにはメンタルヘルスサポートの充実も不可欠です。近藤選手のように、複数回の重傷を経験しながらも前を向くアスリートを支えるためには、個人の努力だけではなく、組織・制度全体でのバックアップが欠かせません。
さいごに
近藤心音選手の2大会連続の無念は、スポーツの持つ厳しさと残酷さを改めて浮き彫りにしました。しかし、涙を流しながらも最後まで諦めず、自分の言葉で胸の内を語り続けたその姿勢は、多くの人々に深い感動と勇気を与えました。オリンピックは金メダルや結果だけが全てではなく、挑戦し続ける過程そのものが輝く瞬間でもあることを、近藤選手は体現してくれたのです。
これからの回復期間、そして次の目標に向けた歩みを、心から応援しています。膝の傷が癒え、再び雪上で自由に滑る姿を、きっと見せてくれると信じています。その日が来るのを、楽しみに待ち続けたいと思います。

