参政党のさやさんが2025年参院選東京選挙区で当選確実となり、その核武装を巡る発言が大きな議論を呼んでいます。
「核武装が最も安上がり」とする主張に対し、被爆国日本の歴史や国際的な制約を背景に、批判の声が強まっています。
この記事では、さやさんの発言に対する批判の背景と、核武装の現実的可能性の欠如について、インタビュー記事や関連情報を基に詳しく検証します。
この記事のまとめ
- 参政党のさやさんが「核武装が最も安上がり」と発言し、SNSやメディアで批判が集中。
- 広島・長崎の被爆者団体や立憲民主党の野田佳彦さんなどから、被爆国日本の歴史を軽視するとして強い反発。
- 核拡散防止条約(NPT)や国際原子力機関(IAEA)の監視により、日本の核武装は現実的に困難。
- 過去の核武装研究でも、日本での核実験場不足や経済的負担から非現実的との結論。
- さやさんの発言は選挙戦での注目を集める戦略とも捉えられるが、平和主義との矛盾が指摘される。
さやさんの核武装発言に対する批判の背景
さやさんが日本テレビのインターネット番組「日テレNEWS」(2025年7月3日配信)で、「核武装が最も安上がりであり、最も安全を強化する策の一つだ」と発言したことが波紋を広げています。
特に、広島被団協(広島県原爆被害者団体協議会)は、「広島がどんな目にあったか」と憤りを表明し、被爆国日本としての歴史を軽視する発言として強く反発しました。
立憲民主党の野田佳彦さんも、広島市での記者会見で「特に広島、長崎では絶対に受け入れられない発言ではないか」と批判。「党として許容する空気があるのか、有権者はよく見定めてほしい」と述べ、参政党全体の姿勢にも疑問を投げかけました。
SNS上でも、被爆3世を名乗るユーザーから「原爆の犠牲者やその家族を冒涜する主張は絶対に許せない」との声が上がるなど、感情的な反発が広がっています。
被爆国日本としてのアイデンティティは、広島・長崎の原爆被害を背景に、核廃絶を訴える平和主義に深く根ざしています。
さやさんの発言は、この歴史的・道義的立場と相反するものとして、多くの批判を集めているのです。
核武装の現実的可能性の欠如
さやさんの「核武装が最も安上がり」との発言に対し、専門家や過去の研究からは、現実的可能性の欠如が指摘されています。
日本は核拡散防止条約(NPT)に加盟しており、核兵器の保有・開発・取得が禁止されています。
また、国内の核関連施設は国際原子力機関(IAEA)の厳格な監視下にあり、軍事転用は事実上不可能です。
過去の日本政府による核武装研究も、さやさんの主張とは異なり、非現実的との結論に至っています。
例えば、1968年と1970年に内閣調査室がまとめた「日本の核政策に関する基礎的研究」や、1995年の防衛庁の有志による研究では、以下の理由から核武装は否定的とされました:
- 日本に核実験場がないため、技術的に実現困難。
- ミサイルや潜水艦を含む核武装システムの構築は経済的負担が大きすぎる。
- 米国の「核の傘」の下にいる方が現実的。
中曽根康弘元首相も1970年に私的グループで核武装の可能性を検討しましたが、同様に否定的な結論に至っています。
これらの研究は、さやさんの「安上がり」論が技術的・経済的現実から乖離していることを示しています。
さらに、NPTを脱退して核武装を進めた場合、国際社会からの孤立や経済制裁、周辺国との軍拡競争のリスクが伴います。
これらは日本の国際的信頼や平和主義の立場を損なう結果となり、さやさんの主張が現実的でない理由として挙げられています。
参政党の選挙戦略と発言の意図
さやさんの核武装発言は、参政党の選挙戦略の一環とも捉えられています。
参政党は「日本人ファースト」や反グローバリズムを掲げ、2025年参院選で大きく躍進しました。
さやさん自身、ジャズ歌手出身で保守系のネット番組キャスターを務めた経歴を持ち、街頭演説では積極財政や外国人受け入れの見直しを訴え、支持を集めました。
しかし、核武装発言を含む過激な主張は、注目を集めるための「炎上商法」に近いと指摘する声もあります。
参政党の神谷宗幣さんは、過去に「批判を受けるくらいわかりやすい言葉は選挙に有効」と述べたことがあり、 さやさんの発言も同様の意図を持つ可能性が考えられます。
実際、さやさんは批判に対し「誤解を受けていた部分があった」と釈明する一方、メディアを「ウソをつく存在」と批判し、支持者との直接の信頼関係を強調しました。
被爆国日本の平和主義との矛盾
さやさんの核武装発言は、被爆国日本の平和主義と明確な矛盾をはらんでいます。
日本は1945年の広島・長崎の原爆被害を経験し、核廃絶を国際社会に訴えてきました。
熊本市長の大西一史さんは、Xの投稿で「核を持たない国として築いてきた日本の信頼と立場は、世界にとっての希望」と述べ、核に頼らない安全保障の重要性を強調しました。
さやさんの発言は、こうした日本の道義的立場を軽視し、核抑止力による安全保障を優先する考え方です。
しかし、核抑止力の強化が軍拡競争や地域の不安定化を招くリスクは無視できません。
SNSでは「日本が核武装することを許す国が西側含めてあると思っているのか」との批判も見られ、国際的現実との乖離が指摘されています。
さいごに
さやさんの核武装発言は、被爆国日本の歴史や平和主義、国際的な制約を背景に、強い批判を浴びています。
NPTやIAEAの監視、過去の研究から、核武装の現実的可能性はほぼなく、さやさんの「安上がり」論は根拠に乏しいと言わざるを得ません。
選挙戦での注目を集める戦略だった可能性はありますが、被爆80年を迎える2025年に、こうした発言が日本の平和への姿勢にどのような影響を与えるのか、引き続き議論が必要です。
読者の皆さんは、さやさんの発言をどう捉えますか?
日本が進むべき道を、改めて考える機会となるでしょう。

